東京都行政書士会広報誌「行政書士とうきょう」平成26年8月号、9月号に開催されたものである。
(読者自身の勉学の為のみ使用してください。転写、転用等の利用をお断りします。)
行政不服申立てと改正行政書士法解説
中野支部 戸 口 勤
1 はじめに
第186回国会において行政不服審査法、行政手続法と行政書士法の改正案がそれぞれ成立した。行政不服審査法は全部改正である。これだけの大がかりな行政不服審査法の改正は初めてである。それに合わせるかのように行政書士法が改正され日本行政書士連合会会則により定める研修を修了した「特定行政書士」に念願の行政不服申立代理人資格が与えられることになった。日本弁護士連合会、各単位弁護士会の反対を押し切っての改正であった。税理士、司法書士等他の士業には、既にその専門分野における行政不服申立代理人資格が与えられていたが、行政書士に行政不服申立代理人資格を与えられていなかったこと自体が不思議なことであった。行政書士が、行政手続きの専門家として、行政不服申し立ての代理人になることは至極当然なことであろう。しかし、筆者は、行政不服申立代理人資格を行政書士が取得する法改正は、半永久的に有り得ないと半ば諦めていた。我が国で既得権や団体圧力が優先して政治が動かされている現実を見ると、法改正は中々の至難の技であろうと考えていたからだ。しかし、それを覆し、日本行政書士政治連盟(中西豊会長)等執行部の壮絶な戦いにより悲願が達成できた。尽力された各行政書士政治連盟執行部の先生方に心からの感謝の意を表するものである。
また、今回の改正は、既得権や圧力のみで政治が動かされるのではなく国民の為に何が必要かを考え、国民の為に法改正がなされるという民主主義政治が未だ健在であることの証であるとも言えよう。行政書士は、真に国民に近い「街の法律家」であるから、行政書士が行政不服申立代理人資格を取得することは国民にとってどれだけ権利利益の保護になるか計り知れない。筆者は、もともと行政書士制度は、「国民の行政申請権の保障」制度であると考えている。「基本的人権の擁護或いは基本的人権の保障」制度の一つが弁護士制度であり、「国民の申請権の保障」制度が行政書士制度であると考えるのである。その、国家による国民への申請権の保障制度として行政書士制度を見た時に、今回の三法の改正は想像を絶するほど大きく民主主義が前進したと言えるであろう。その分、行政書士の社会的責任は重く、その責任の重さに身が震える思いを抱くのである。
2 行政手続に関する国民救済制度の三法=行政手続法、行政不服審査法、行政書士法
まず、これら三法の存在意義について、あらためて確認する。
行政手続法は、「・・処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関し、共通する事項を定めることによって、行政運営における公正の確保と透明性(・・略・・)の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的・・・」(第一条)と定めている。
行政不服審査法は訴願法(昭和37年10月行政不服審査法成立と同時に廃止)が前身である。訴願法は、不服申立てを限定列挙したもののみを認めたが、行政不服審査法は、原則的にすべての行政庁の全ての処分に対して不服申立てを認め、行政不服申立てができないものを限定列挙する概括主義をとった。概括主義の本質は、改正行政不服審査法も現行法に変わりなく踏襲している。行政不服審査法による不服申立制度は、「・・行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによって、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保する・・」(第一条)ものである
行政書士法第一条は「・・行政に関する手続の円滑な実施に寄与し、あわせて、国民の利便に資することを目的とする。」と規定されている。手続の円滑な実施とは行政側の為にある規定と誤解されることもあるが、早く処分等(許認可等)が下りることを国民は願っているのであるから「行政の円滑な実施」とは結局は国民の権利利益の為に存在すると解釈できる。あわせて、国民の利便への貢献が行政書士制度である。
以上の行政手続法、行政不服審査法、行政書士法は、行政庁の不正等から国民を救済する制度を支える三つの法律であると考えられるのである。まず行政手続法は、行政手続について法によって公正性を保つ規定を定め事前に国民救済に機能し、行政不服審査法は、紛争が発生した事後に国民の救済に機能し、この二法は行政手続の事前に事後にそれぞれ機能し国民の権利利益を保護している。その二法に対して行政書士法は、申請時に専門家として国民の代理人として国民を支援し、法改正により事後に行政不服審査法に基づき代理人として国民を支援する。行政書士は、行政庁の不正から行政手続の事前に事後にも国民を支援する資格者となったのである。行政の公正な円滑な実施は、行政手続法、行政不服審査法、行政書士法の三法が正しく運用されて初めて確立されると考える。
3 行政書士制度の存在意義=国民の申請権の保障
行政書士制度の存在意義について、さらに掘り下げて論じたい。「世の中忙しすぎるから行政書士へ」では存在意義がない。行政手続法、行政不服審査法、行政書士法が改正され、行政書士の存在意義はますます重要度を増しているが、筆者の考えは、行政書士制度の存在意義は、国家が国民に対して、国民の申請する権利を保障する制度の一つとして存在すると理解している。国民が行政庁に申請行為を行う時、担当窓口の行政官は専門家である。素人の国民と専門家の行政官が渡り合えば、専門家行政官の思いのままに行政手続は運ばれ国民の権利利益が侵害される危険をはらんでいる。その為に、行政手続について専門家行政書士が国民側代理人として手続を行い、専門家担当行政官と専門家行政書士が対等に渡り合うことによって、行政手続が適正に円滑に実施されるのである。行政官も当然に人の子であるが、人の子であるなら依怙贔屓という差別を本質的にもつ存在であろう。常に公平で、誰に対しても親切であれとは神でなければ不可能なことである。その為には、素人の国民に代わって手続を行う専門家行政書士の存在があって、初めて適正な公平な行政手続に近づくのである。このように、行政書士制度は、前述のごとく、行政手続における国民の権利利益の事前救済と事後救済の性格をもつが、その土台は国民の申請権の保障である。また、行政書士制度は、行政手続が公平、円滑に実施される為に当事者ではない専門家行政書士が民間の立場で関与する特別な制度と見ることができる。また、行政書士制度の本質的実質的な存在意義は、行政手続法、行政不服審査法と同趣旨と解することができるであろう。
行政書士が、行政官の理不尽を見逃したり、行政官の言いなりになっているようでは行政書士制度の存在意義を喪失させることになる。行政官から「このようにして欲しい。」と指示されたとき、どの法令に因るのか、通達か先例か、それとも行政指導か、行政が好ましいと考えているだけなのか等、代理人として国民のためにハッキリとした説明を受け対応すべきであろう。もちろん、いたずらに行政官に逆らい、法的根拠もない主張をすることもまた、行政書士の存在意義を喪失させることに外ならない。益々、行政書士は国民の為に重要な責務を有していると認識し、国民の期待に応えるよう努力するべきである。
4 行政不服審査法改正の概要
第186回国会において可決、成立した行政不服審査法のが概要について解説する。平成26年6月6日成立、同年6月13日公布、公布の日から2年内に施行である。改正の柱は、1. 不服申立ての種類の一元化、2. 審理員による審理手続、3. 行政不服審査会への諮問手続の導入等である。その主な内容は、審理の公正性の向上について、1. 原処分に関与した者以外の者の中から審査庁が指名する審理員が審査請求の審理を行うこと。2. 法律又は行政に関して優れた識見を有する者で構成される行政不服審査会等に諮問すること。3. 審査請求人等が証拠書類等の写しの交付を求めることができることとした。国民の利便性の向上について、1. 不服申立てをすることができる期間を現行六十日から三か月に延長する。2. 審査請求及び異議申立てを審査請求に一元化するとともに、個別法における特別の定めにより「再調査の請求」及び「再審査請求」の手続を設けることができる。3. 審査庁は、標準審理期間を定めるよう努めなければならない。審理を計画的に進める必要がある場合に事前に争点等を整理するための手続を設ける等(衆議院総務委員会、行政不服審査法案の要旨参照)。このように、かなりの抜本的改正である。改正行政書士法の運用と相まって国民のために国民の権利利益が守られる行政手続制度へと発展することを願うのであるが、その制度の一翼として行政書士が、行政不服審査会の委員に選任されることを願って努力研鑽を積まなければならないであろう。
5 行政庁の不受理の不作為についての対応の実際
ここで、少し論述の方向を変え、行政書士が実際に行政不服申立代理を行う上での問題点とその解決方法を論述してみる。特に行政庁の不作為についてである。現行行政不服審査法にも、改正法にも処分(行政行為等)を求める国民の申請について不受理の場合の救済方法が定められていない。国民の申請について行政庁が受理しないことを想定していないのである。ところが行政庁の受付窓口の実際は、行政庁が指示する通りの申請をしなければ受理しないことを常としている。受理をしなければ行政不服申立権が国民に発生しないので不服申立てができない。改正行政不服審査法は、不作為について、「法令に基づく申請に対して何らの処分をもしないこと」と規定している(第三条)。申請が受理されなければ申請にならない。従って、受理をしない不作為は対象外である。申請が受理されて初めて行政不服審査法の適用になるのである。その為に、実際の行政庁は、行政庁が正しい申請と見なさないものについては受理をしない(例外的に、外国人の入管関係手続については他の申請より受理、不受理に対して厳しく審査をせずに受理し、その後に不許可とすることが多くなる。外国人の出入国等処分は行政不服審査法の適用外だからである)。行政庁の不受理に対して不服申し立てができない問題点について、筆者は30余年前に、時の行政管理庁行政指導課長に質問を投げかけてみた。その回答は、「配達証明で申請して下さい。行政庁はそのまま送り返してくるでしょうが、それを以て行政不服申立てができます。」とのことであった。筆者はその後そのように取り扱っているが、現行法でも同様であると解するので行政書士諸氏もそのように取り扱うと良いであろう。行政書士の先輩の中には「行政庁の窓口に申請書を置いてきてしまえば良いのでは。」と説明する者もいた。置いてきたのでは、書類を預けたのか申請したのかも不明である。配達証明で申請するときに、上申書を同封して何故に配達証明付きで申請するのかを記載し、証拠保全をする必要がある。申請した証拠がなければ戦いには勝てるはずがないからである。因みに、同様に刑事告訴についても不受理の場合に配達証明と上申書を添付する方法は効果が有ると考えるが、どちらも、濫発は禁止であり慎重を要する。
6 改正行政書士法解説
6-1 「行政書士が作成できる書類に係る」と「行政書士が作成した書類に係る」の相違
改正法の条文は、次の通りである。第一条の三第1項第二号「前条の規定により行政書士が作成した官公署に提出する書類に係る許認可等に関する審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立ての手続について代理し、及びその手続について官公署に提出する書類を作成すること。」 第一条の三第2項「前項第二号に掲げる業務は、当該業務について日本行政書士会連合会がその会則で定めるところにより実施する研修の課程を修了した行政書士(以下「特定行政書士」という。)に限り、行うことができる。」
行政書士会が要望した原案は「・・行政書士が作成できる官公署に提出する書類に係る・・」であったが、それでは範囲が広すぎるとの反対が有り、「・・行政書士が作成した官公署に提出する書類に係る・・」に変更になった。行政書士法改正反対者が職域の確保の為に反対したのであろうが、逆に行政書士にとって、そして国民にとっては、原案よりも良い方向の改正となったと考える。国民は素人であるから、本人申請をした内容には不備がある可能性が大である。多くの場合は、不備でなければ許認可は下りているはずだからである。そして、特定行政書士は、国民から本人申請の結果の処分に対しての行政不服申立てを依頼相談されたとき、行政書士による再申請の道もあることを説明し、依頼人の意向に沿いながら再申請を勧めることが国民の利便の為と考える。行政書士が再申請すれば受理され許認可等が下りる可能性も大であり、いたずらに行政不服申立手続を経て時間を浪費せずに済むからである。特定行政書士が再申請を代理人として行い、それにかかわる処分が不許可等であるなら、そこから特定行政書士は行政不服申立ての代理人として本領を発揮すれば良いのである。本人申請した許認可申請等に関わる行政不服申立てを特定行政書士がただちに代理することは好ましくなく、申請から再申請としてやり直すことが諸般を考えたとき合理的であろう。特定行政書士は、本人申請の許認可等に関わる行政不服申立ての相談を受けたときは、依頼者の意向に従って再申請を代理人として行い、その結果不許可等の処分があったとき、行政不服申立代理を行うことを理解すべきである。
6-2 提出手続代理と手続代理
行政書士法第一条の三第1項第一号に「・・書類を官公署に提出する手続・・について代理すること。」と規定され提出手続代理として規定されている。この行政書士の代理は、代理ではなく実質的には代行であるとの説があるが、代行と代理は全く異なる概念であり代行のような代理は存在しえない。従って、提出手続代理も手続代理も実質は変わらないが形式的には提出する手続についての代理であるから、本質的な申請の根本に至るまでの代理の効果が及ぶのか疑問であると主張されることがある。しかし、行政の現場においては提出手続代理も全く手続代理として取扱いがなされており、その運用と解釈が相当と考えている。
一方、今回の改正行政書士法の行政不服申立代理は、「・・・手続について代理し・・」と規定され「提出」の文言がないのである。従って、行政書士法第一条の三第1項第一号の行政書士業務である一般行政手続は「提出手続代理」で、改正法第一条の三第1項第二号の特定行政書士業務である争訟性のある行政手続は「手続代理」である。その理由は、争訟性の有る法律事務の代理が提出手続代理では、突っ込んだ法律事務の代理を行うことができないとの主張に対抗し、国民の権利利益を守るための代理制度として差し障りがでないように提出手続代理ではなく、手続代理としたと解することができるであろう。文言上で理論的には「手続代理」は「提出手続代理」より代理人の権限の内容が広くなると解することができるので、今回の改正は緻密な条文の構成であると理解することができる。
6-3 初めての争訟性のある法律事務
行政書士は、平成13年7月の改正で代理権を取得して名実ともに街の法律家になった。その改正で取得した代理権は、民間人と民間人の法律関係の代理、すなわち民民代理、及び行政と国民との法律関係の国民側代理、すなわち官民代理であったが、全て争訟性の無い法律事務の代理である。刑事告訴の場合も、行政手続であると同時に広義の司法手続でもあり、刑事告訴は行政書士に認められた唯一の司法手続の一つでもあるが、争訟性のない法律事務であることに変わりはない。民事と異なり刑事告訴は、対立構造ではなく、国民の警察行政に対する犯罪の申告と処罰を求める意思表示である。従って、今回の行政書士法改正は、行政書士が初めて争訟性の有る法律事務を代理人として取り扱えることとなったものである。しかも、他の税理士、司法書士等の士業のごとく行政書士も行政書士の専門分野に絞られてはいるが、業務の進め方によっては実質的にはかなりの広い範囲の多くの行政不服申立代理業務が取り扱い得ることとなったのである。しかも、国民と国民との紛争ではなく、国家と国民との紛争に国民側の代理人となり手続を進めることができるのである。このことは、街の法律家としての本分であり、その使命の重さを自覚しなければならない。
6-4 一般行政書士の業務範囲
改正行政書士法の第一条の三第2項は、「・・・研修の課程を修了した行政書士(以下「特定行政書士」という。)に限り、行うことができる。」と規定したために、従来は、行政書士であれば誰もが行政不服申立書類を作成し得たのであるが、この規定により、改正法の施行後は特定行政書士以外は取り扱いができなくなる。その形式点では特定行政書士以外の行政書士の業務が狭まったと言える。しかし、そのことは、特定行政書士という行政不服申立ての専門行政書士を養成し国民の便益に資するわけであるから、全体から見たときは行政書士制度の前進と考えられるであろう。
7 おわりに
行政書士を法律家でないと決めつける一部の法律家が存在する。しかし、行政書士法を正しく解釈すれば行政書士は当然に法律家である。士業法に契約の文言が記載されている士業は行政書士と弁理士のみである。弁理士は知財の契約代理を業とする。行政書士は、全ての契約の締結、文書作成を業とする。刑事告訴は、行政書士の歴史で古くからの行政書士業務である。契約書の作成や告訴手続を行う専門家を法律家と言わずして何と言うのか理解に苦しむ。今回の改正で、行政不服申立代理人資格を行政書士が与えられたことは、国民と法律が行政書士に対して街の法律家として益々頑張れとのエールを送っていると考えるのである。国家資格法の改正や職域を考えるとき、国民にとってどのようにすることが良いかを常に考え、業界エゴを捨て広い視野に立つことが本物の法律家であろう。行政書士が法律家かどうかは疑う余地もないことであるが、一部から法律家ではないと主張されることは筆者も含めた行政書士の責任でもあるが、最後は国民や社会が判断を下すと考えて、ひたすら国民の為に邁進すべきと考える。
行政不服申立てと改正行政書士法解説(追補)・・前回に続く
中野支部 戸 口 勤
追補について
前稿は紙面に限りがあり説明不足が多々あるため前稿の説明の補足と個別的追加項目の重要ポイントのみを簡略して論述する。前稿6-4において「・・従来は、行政書士であれば誰もが行政不服申立書類を作成し得たのであるが、この規定により、改正法の施行後は特定行政書士以外は取り扱いができなくなる。」と説明したが、行政書士法を反対解釈すると、一般行政書士が作成できなくなるのは「行政書士が作成した許認可に係わる行政不服申立書類」であるということになるため、少し詳しく補足することとする。更に、今回の法改正の行政不服申立代理は重要な行政書士業務となるであろうから代理理論等に誤解が有ってはならないと考え、基礎理論から説明した。表題番号は、前稿が7で終わっているので本稿は8からとさせて頂いたことをご了解願いたい。
8 改正行政書士法の行政不服申立業務の範囲 Ⅰ
前稿の6-1で、行政書士が作成していない本人申請の許認可等が不許可になったときは、ただちに不服申立てをするのではなく行政書士が代理して許認可等の再申請をすることを推奨した。そこから進めて、さらに、行政書士が作成していない書類に係わる行政不服申立てについて、考察を加えることとする。改正法第一条の三第2項は「前条の規定により行政書士が作成した官公署に提出する書類に係る許認可等に関する審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立ての手続について代理し、及びその手続について官公署に提出する書類を作成すること。」と規定されている。従って、行政書士が作成していない、本人申請の許認可等についての不服申立書類の作成は、改正行政書士法第一条の三第2項の特定行政書士以外が禁止される業務の対象外であることが条文上で読んで取れる。すなわち、特定行政書士のみが取り扱いを許されている不服申立代理または書類の作成も「行政書士が作成した官公署に提出する書類に係る許認可等に関する」行政不服申立てのみであり、その反対解釈をすると行政書士が作成していない書類に係る許認可等に関する不服申立書類の作成は行政書士であれば誰でもが作成し得ると解すことができる。もともと、書類の作成は事実行為であり法律行為ではないから弁護士法七二条の争訟性のある法律事務に該当しない。それ故に争訟性に係わる事件であっても書類作成業務であれば行政書士は、業として行うことができ、従来から取り扱いをしてきた。例えば、争訟性に係わるところの示談書、離婚協議書等の作成(交渉禁止)がそれである。争訟性のある法律事件に関する書類作成のみであるなら行政書士が業として行い得るのであるから、行政書士が作成していない許認可等の処分に係わる行政不服申立書類作成も同様に一般行政書士の業務とすることができると解するのである。そして、行政不服申立事件の審理は、審査請求人に口頭意見陳述の機会が与えられてはいるが、原則書面審査によるわけであるから、行政不服申立てについて行政書士が書類作成のみの取り扱いであっても何ら弊害がないと考えるのである。とは言え、行政書士が作成していない許認可等の書類に係わる行政不服申立書類を一般行政書士が理論上は作成し得るのであるが、行政書士法の目的論的解釈として、行政書士が書類作成をしていない許認可等に係わる行政不服申立書類作成も、やはり特定行政書士が取り扱うべきであると考える。それが国民の権利利益の為とも考えるからである。
一方、行政書士が作成した官公署に提出する書類に係わる行政不服申立てであるが、特定行政書士が自分で作成した書類に係る不服申立てをできるのだけでなく、他の行政書士が作成した書類に係る不服申立てもできると解することができる。単に「行政書士が作成した」と規定されているのでそのように解釈することが自然である。
9 改正行政書士法の行政不服申立業務の範囲 Ⅱ
ここで、誤解の無いように整理をする。行政不服申立てに関する行政書士業務は次のようになる。
イ、特定行政書士のみ取り扱い得る業務:
①行政書士が作成した官公署に提出する書類に係る許認可等に関する審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立ての手続についての代理。
②その手続について官公署に提出する書類を作成する。 ③前各項に関する相談業務。
ロ、全ての行政書士が取り扱い得る業務:
①行政書士が作成していない官公署に提出する書類に係る許認可等に関する審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立ての手続について官公署に提出する書類を作成する。(国民の申請に基づかない行政処分に対する行政不服申立書類作成を含む。)
②上記書類の提出代行(提出代行は事実行為で、法律行為ではないので弁護士法72条の適用外である。)
③不許可処分等を受けた、行政書士が作成していない官公署に提出する書類に係る許認可等の再申請をすること。
④前各項に関する書類作成相談業務
注意を要するのは、既に説明したが、行政書士が作成した官公署に提出する書類に係る許認可等に関する審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立ての手続について官公署に提出する書類を作成することも改正行政書士法施行後は、一般行政書士は業として取り扱いできなくなることである。但し、無報酬でボランティアで行うことまでを禁じてはいない。生活保護等の不服申立ては行政書士がボランティアで率先して行うべきと考える。生活困窮者から報酬を得る訳にはいかないが行政手続のプロとしての責務でもあろう。
10 出入国管理及び難民認定法の第十一条「異議の申出」と第六一条の二の九「異議申立て」
行政不服審査法第四条第一項第十号に「外国人の出入国又は帰化に関する処分」と規定し、行政不服審査法の不服申立てができないことになっている。しかし、出入国管理及び難民認定法(以下入管法と言う)の上陸のための条件に適合していないと認定された外国人は、入管法第十一条により当該認定に対して異議の申出をすることができる。この整合性はどのように解すべきなのであろうか。行政不服審査法は、行政不服申立ての一般法であるから、それを変更する行政不服審査法第一条の「・・他の法律に特別の定めがある場合を除く・・」に該当するのか。しかし、入管法は第十一条の規定で行政不服審査法第四条の規定を排斥していると解せない。従って、入管法第十一条の異議の申出は行政不服審査法の不服申立てとは異なる制度と解することができるであろう。しかし、その場合の、行政書士業務の取り扱いは、改正行政書士法第一条の三第2項の業務に該当して特定行政書士が代理等の業務を行い得ると解することができるであろう。改正行政書士法第一条の三第2項の「・・審査請求、異議申立て、再審査請求等・・」と規定されているが、この「等」の中に「異議の申出」が含まれると解することができるのであるから、異議の申出代理も特定行政書士の業務であると解する。この「等」に異議申出代理が含まれないと解する説もあるであろうが、行政書士法の目的論的解釈によれば否定する根拠は乏しい。
なお、入管法第六一条の二の九の「難民の認定をしない処分」に対する異議申立ては行政不服審査法による不服申立てであり、当然に改正行政書士法施行後の特定行政書士の業務である。
11 行政不服申立と行政事件訴訟
今回の行政不服審査法等の全面的改正により、異議前置主義が廃止され行政不服審査法による不服申立てをするか行政事件訴訟を直接提起するかは国民の選択によることとなった。このことは、大きな改革であり民主主義の前進でもある。そして、行政手続の国民救済制度の黎明であると考えるのである。政治は、自民、民主そして又自民と政権交代があり、行政不服審査法関係の改正案も一転二転した。電話帳のような厚さのある余りに膨大な整備法案が国会で十分に審議されたかは疑問であるが、結果としてこれらの大改正は国民にとって大きな幸運であったと言えるであろう。
しかし、行政事件訴訟を直ちに提起できるからと言って行政不服申立制度を利用しないことはあまり得策とは言えない。なぜなら、行政事件訴訟と行政不服申立制度には大きな相違がある。まず、行政事件訴訟の場合は、原則として行政庁の処分等が違法か、合法かについての判断を下す制度であり、そこには、行政庁の不当な処分は違法でない限り原則として含まれない。なぜなら、我が国は憲法により三権分立の制度の上に行政、司法が存在する。従って、行政庁の違法な処分についての行政事件訴訟には裁判所は判断を下すが、行政庁の合法であるが不当な処分にまで判断することは司法権の行政権への越権となるのである。従って、不当な処分で違法であれば行政事件訴訟の対象であるが、不当な処分であっても合法であれば裁判所は消極的である。そのために、行政庁の違法又は不当な処分について、事件を早期に解決し、審査範囲も広く扱うであろう行政不服申立てを行うことが合理的で国民の権利利益につながると考えるのである。現行法は、その不服申立ての合理性から、異議前置主義を採用していたと考えるが、国民の選択制を採用することは更に民主主義においては大切であろう。行政不服申立てと行政事件訴訟とは、行政手続における事後救済制度としての二大国民救済制度であるが、司法機関と行政機関の異なる国家機関での国民救済制度を、それぞれに発展させて救済制度が正しく機能するように、制度として相互に競争し国民の権利利益に資することが重要である。
12 行政不服申立制度の普及と行政書士の使命
前項のように、行政事件訴訟より行政不服申立制度の方が行政庁の処分に対する不服審査適用範囲が広くなることを考えると、行政書士の行政不服申立代理業務がいかに重要かを知ることができるであろう。行政書士は、多くの行政手続を日々こなし、弁護士以上に行政手続の現場を知り尽くしている。従って、行政事件訴訟ではなく、行政不服申立ての中で事件を解決することを普及推進することが行政書士の使命であることも自覚しなければならない。今回の行政書士法改正で業務が増えるわけではないとの主張が一部にある。従来から、行政不服審査法の制度が充分に機能していなかったのが現実であるから、確かに行政書士業務が直ちに増えることはないであろう。しかし、行政書士業務を増やすためではなく、機能していない行政不服審査法を行政書士として機能させるのが、これからの行政書士の責務であり使命であろう。平成17年度の国に対する不服申立て件数は19,983件、地方公共団体10,937件、平成23年度は国に対するもの30,022件、地方に対するもの18,290件であり、上昇傾向にある。しかし、件数が伸びていることと国民救済制度が機能しているかは別の問題である。不服申立ての23年度の認容割合は国が10.6%、地方公共団体が2.8%である。市民に近い地方公共団体の認容割合が低いことが大きな問題であろう。しかも、認容割合は平成17年から比較すると国、地方公共団体とも減少傾向になっている。地方公共団体に対する行政不服申立ての内容は、情報公開条例に係るものが圧倒的に多く(23年度6,624件。総務省統計による。以下同様)、以下、道路交通法(1,943件)、地方税法(1,548件)、介護保険法(1,190件)、生活保護法(987件)、高齢者の医療の確保に関する法律(937件)、個人情報保護条例(579件)となっている。戸籍法、予防接種法、母子福祉法、騒音規制法、請願法、児童福祉法、身体障害者福祉法等の国民生活に係わる法律関係の行政不服申立ては件数が公表されていないが、著しく少ないものと考えられる。従来、行政不服申立代理は、専門分野の税理士、司法書士等を除けば弁護士の独占業務分野であった。このことが行政不服申立制度が機能してこなかった所以であると考えるのである。ここで、行政不服審査法、行政手続法、行政書士法の三法が大きく改正され、国民に一番身近な行政書士自らが、新たな国民の要請や要求を発掘することが重要である。我が国は、官尊民卑の意識が未だ残り行政不服申立ては敬遠されがちである。その文化自体から改善することも必要かもしれない。
13 日本国憲法第31条の「適正手続の保障」、第13条の「国政上の尊重」と行政書士制度
憲法第31条の適正手続の保障に関する最高裁の判例がある。「憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。・・」(最高裁大法廷判決平成4年7月1日)として行政手続も含まれる場合があると判示している。そして、憲法第13条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定める。この憲法第13条で規定される「国政の上で、最大の尊重を必要」とされる対象に当然に行政手続が含まれると解する。
従って、憲法31条、13条の国民に対する国家の保障及び国政での国民に対する尊重の為の具体的制度の一つとして「国民の申請権の保障」制度として行政書士制度が存在すると考えることができる。このような解釈は、行政書士法が、日本国憲法を上位法として制定されていることから考えても当然であるが、行政書士制度の目的源泉が憲法第31条及び第13条に基づき国家が国民に保障する制度の具体化であると解すべきである。行政書士法が、「依頼人の利便」と規定せず「国民の利便」と規定したこともただ単に規定したのではなく、国民の申請権の保障という憲法に基づく崇高な目的源泉の所以であると考えることができる。今までの行政書士は、日々の業務の中で、行政書士法が憲法に基づく申請権の保障制度であると自覚することもなかったであろう。しかし、これからの行政書士は法改正を機会に、行政書士法の目的、存在意義を認識して憲法の規定の具体化である国民の申請権の保障制度としての行政書士制度を理解し普及しなければならないと考える。
14「国民の申請権の保障制度」としての士業制度
行政書士以外の行政手続の専門家である税理士、社会保険労務士、弁理士等も同様に専門分野における申請権の保障制度であると理解することができる。税理士、社会保険労務士、弁理士等は特定分野の行政手続を代理する訳であり、その資格を別の表現をすれば、税理士は税務行政書士、弁理士は特許行政書士等であることを理解すれば当然なことであろう。そして、税理士制度は、国民の税務申請権の保障制度であり、弁理士制度は、国民の特許等申請権の保障制度である。しかし、各士業制度が国民の申請権の保障制度であっても、行政書士をはじめ他の士業者も含めて各制度が国民の申請権の保障制度であることを認識しておらず制度の普及と実効性が機能していないのが現実である。その理解不足から士業者は、日々の仕事が行いやすいように行政官に媚び諂い国民の権利利益を守っていないのではないかと危惧の念を抱くのである。時代は変わり士業法が変わっても、取り扱いする資格者の意識が変わらない限り制度の正しい発展はあり得ないであろう。行政書士が行政手続専門家の原点であることを考えて、国民の権利利益を最優先に考え、国民の申請権の保障制度の重要性の認識の基で業務をこなすべきであろう。行政書士は、他の士業よりも行政手続の業務範囲が圧倒的に広く、しかも市民に一番近い行政手続の専門家であるからその責任は一番大きいであろう。国民に近い行政手続の専門家である行政書士は、行政書士法の存在意義が日本国憲法に基づくことを確認し、国民の申請権の保障制度の確立と普及は、特に行政書士が先頭に立ち自ら推進することが責務であると考えるのである。
15 行政書士業務の代理と代行
行政不服申立代理人資格を行政書士が取得したのであるが、代理概念の誤解が有ってはならない。代理理論は難しく、古くから「代理理論を制する者、民法を制す。民法を制する者、司法試験を制す。」と言われたほどである。行政書士の代理制度は、行政書士法第一条の三第1項二号に「・・契約その他に関する書類を代理人として作成すること。」と規定された為に誤解を生じやすく「契約書作成代理」と誤記する者が多いのである。正しくは「契約書作成代行」又は「契約代理」である。契約書を代理人として作成すること、或いは代行して作成することはできても、契約書を代理作成することはあり得ない。
代理制度は、代理人が意思表示をする法律行為である。民法第99条は「代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。」と規定され、意思表示を代理人が行いその効果が本人に直接帰属する関係が明記されている。代わって行為を行う行政書士の意思表示が存在しなければ代理ではない。一方、代行は事実行為であり法律行為ではないので代行者の意思表示は存在しない。したがって契約書の作成代行の場合は、その契約書に本人が捺印して作成者は捺印しない。代理人として捺印するのであれば「契約書作成代理」ではなく契約代理である。相手に対する意思表示を誰がするかで代理と代行の相違ができるのである。代理人は当然に本人に代わって書類を作成するが、それは、代理事務の内容であり独立して作成行為のみがあるわけではなく、契約書の作成は意思表示の証拠保全の手段として存在するのである。代理人が契約書を作成するのは代理人自身の代理行為として作成するのであり、書類作成のみを依頼された場合は代理作成ではなく代行作成である。
以上のように、代理と代行は簡単なようで本質をしっかり理解する必要があるであろう。行政手続における代理も民事代理と本質的には代理理論では変わらない。間違っても「行政不服申立書類作成代理」等と誤記してはならないことを理解して欲しいと願うものである。